2025/2/12

フォト刺繍 何が難しいのか3

樋口はなぜ デジタル変換で糸を選ばないのか? 

こんにちは。精研の樋口です。
今回の内容は私はなぜデジタル変換で糸を選ばないのかについての解説です。
結論から言うと、『どんなにデジタルで糸の色を合わせても実際の糸の色と異なるから』です。
詳しく知りたい方はこのまま読み進めてくださいね。

私が本当に狙っていたものは・・・

私がフォト刺繍の研究考察をしていたのは、自動的にきれいなフォト刺繍が作れると、プロの刺繍業者さんに紹介できると考えていたからです。
採算のとれる効率的な作り方でフォト刺繍が作れるなら、プロの方たちが独自に研究開発して自社のお仕事に取り入れてくれる。そうなれば、将来、刺繍機の販売につながると考えていたのです。

やってもやっても上手くいかない

ある程度フォト刺繍を作っていくと、データはしっかり画像を変換してるけど、糸の色選択は上手くないなと思うようになりました。
自動的にしっかりした色合いで表現できなければプロの厳しい評価に耐えることはできません。
検証の結果、「糸の色情報を増やしたら良いんじゃないか?」と思い立ち、約300色の糸リストを作りました。
しかし、上手くいきません。糸リストも500色くらいに増やしましたが、プロが「これなら!」と納得できるレベルには達しませんでした。
この段階で私は上手くできない原因として2つの仮説をたてました。

1.刺繍ソフトが表示できる色数が少なすぎる。
2.モニターの画面はちゃんと色表示しているのか?

DGでフォト刺繍データを見てみたい

2つの仮説のうち、色数の問題は300色に増やしたことである程度解決することは分かったので、もっと増やせば刺繍ソフトはより敏感に反応することは予想できました。そこで、500色まで増やしてみたらどうかなと思いました。しかし、何もない状態から色情報を増やすのはとても時間のかかる作業でした。300色登録するのに6か月かかったのを思い出すと、やりたくなかったのですが、何もしなければ前にすすめないので500色まで増やしました。

モニターの色表示に疑問を感じたのは、色表示を増やしたことでより複雑な表現ができるようになったにも関わらず、画面を見てもよくわからなかったからです。使用する色の糸番号をみると、こげ茶なのだけれど、画面では黒く見えます。肌の色のように微妙な色合いのフォト刺繍になると、刺繍ソフトがちゃんと色を選んでくれているのか不安になりました。結果として悪くなけどイマイチなフォト刺繍が出来上がりました。

モニターの色表示についてはもっとしっかりとした色表示ができるモニターを購入すると同時に、パソコンもいわゆる、クリエーター仕様のパソコンを導入しました。しかし、ハードウェアを一新しても細かな色の差異を見分けることは難しかったのです。

このことから私は普段使い慣れていたタジマ製のDG15(2025年2月現在はDG16)でフォト刺繍のデータを見てみたいなと考えるようになりました。
しかし、DG15でフォト刺繍のデータを見れるようにするには、糸の色情報を作り直さなければいけません。また半年近く時間がかかってしまうことを考えると躊躇してしまいましたが、DGでフォト刺繍のデータを見てみたいという欲求が勝ち、DG15にもフォト刺繍専用の糸リストを作成したのです。

完璧と言わんばかりの画面表示。しかし、これが大いなる挫折のはじまりだった。

DG15にフォト刺繍専用の糸リスト(DGでの正式名称は糸チャート)が完成しました。フォト刺繍の研究を始めてから3年が経過していました。DG15に糸リストを登録したあと、どうやってフォト刺繍のデータを取り込んで表示させるかという課題はありましたが、糸リストを作っている期間中に解決しました。
ある女優さんのフォト刺繍データを作成し、DG15に取り込んだのですが、その時の衝撃は今も忘れていません。画像と比べてそん色ない刺繍データが目の前に現れたのです!右側のセグメントには糸番号も表示されているので、DG15が指定する糸を刺繍ミシンにセットして刺繍すれば画像と同じ刺繍を作ることができます!
この時は本当にうれしかったです。何年も取りつかれたようにフォト刺繍の色のことについて悩んでいたのがこれで解消されると思いました。もう早く完成したフォト刺繍を見たくてウズウズしていました。

しかし、完成したフォト刺繍をみた私は「なんじゃこりゃ!」と絶叫しました。本当はよく覚えてませんが、きっと絶叫したはずです。
おおよそ同じ刺繍データを使って作ったフォト刺繍とは思えないダメっぷり!
画面上の刺繍データは完璧な出来栄えなのに、なんで刺繍したら色が合わへんのや・・・。落胆してそのままフォト刺繍作るのをやめようと思ったのですが、刺繍データは問題ないので、糸の色が合ってない部分だけ自分で糸を選んで作り直しました。

この時、多くのことを学びました。
・糸の色と、パソコンの色は全くの別物であること。
・フォト刺繍に関してはデータが必ずしも正解でないこと。
・繊細な表現を自動化するのは極めて難しいこと。
・一方で自分の感覚で糸を選ぶとモニターに表示されいる色に合わせられること。

つまりデジタル変換でプロの求めるクオリティのフォト刺繍を実現するのは現段階では無理であることを悟りました。
この時点でお客様にフォト刺繍の技術を紹介してフォト刺繍で新しい仕事を生み出してもらいたいという私の計画は頓挫しました。

3年間にわたる実証実験で自信をもって課題解決できる方法論で取り組んだにも関わらず、無残な失敗に終わったことに私自身も相当心理的ダメージを受けました。

「自動でできないと意味がない」

そう考えていたので、自分で糸を選んでフォト刺繍にするなど論外でした。
この日から2年間、人物のフォト刺繍を作ることをやめてしまいました。

私はそれでも「もしかしたら・・・」と思っている。

採算のとれる効率的なフォト刺繍の作成方法の構築に挫折した私でしたが、フォト刺繍作成への情熱は完全に失ったのでありませんでした。
実はその頃には個人的にフォトい刺繍の作成自体が楽しくなっていました。
人物のフォト刺繍でハイクオリティを目指していたのは、ビジネス上同業他社を追い抜く必要を感じていたからであり、フォト刺繍の魅力は人物だけはないと思っていたので、風景作品は趣味的に作っていました。
好きに作るなら効率など気にしなくて良いので、糸の色も自分で選ぶようになりました。そうやって2年ほど経ったある日、「もう人物は作らないの?」と会社のスタッフに聞かれました。
まあビジネスユースを考えなければちゃんとできるか・・・と思って気軽に作った人物のフォト刺繍が好評を得ることになったのです。
これをきっかけに糸は完全に自分で選ぶようになりました。
糸を自分で選ぶなら数は多い方が良いので刺繍ソフトに登録する色情報も一気に1000色を超えました。
そして、お客様に紹介しないなら自分の名前でフォト刺繍作品を紹介しようと思うようになり、私はフォト刺繍クリエーターを名乗るようになりました。
以後、さらに試行錯誤を重ねて現在に至っています。
現在のフォト刺繍の作り方は、当初私が考えていたこととは完全に真逆で、非効率で、面倒くさくて、時間がかかる作り方になってしまいました。
しかし、今でも時々は「もしかしたら・・・」と想像を膨らませたりするのですが、さすがに実験したくなるほどには至りません。
以上、樋口はなぜデジタル変換で糸を選ばないのかについて書いてみました。
最後まで読んでくださった方ありがとうございました。
それではまた。

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